写真のトレース


解説
雑なトレースならまず大丈夫
八坂神社祇園祭ポスター事件(東京地判平成20年3月13日 H19(ワ)第1126号)では
“本件水彩画においては写真とは表現形式は異なるものの,本件写真の全体の構図とその構成において同一であり,また,本件写真において鮮明に写し出された部分,すなわち,祭りの象徴である神官及びこれを中心として正面左右に配置された4基の神輿が濃い画線と鮮明な色彩で強調して描き出されているのであって,これによれば,祇園祭における神官の差し上げの直前の厳粛な雰囲気を感得させるのに十分であり,この意味で,本件水彩画の創作的表現から本件写真の表現上の本質的特徴を直接感得することができるというべきである”
と判示されました。
被告水彩画は、原告の写真の神官と神輿の部分をかなり細かく描写していて(写真も水彩画もカラーです)、そこが原告写真の表現上の本質的特徴を直接感得できるとされた理由となっているようです。
しかし、“被告の水彩画のどこに原告の写真の創作的表現が残っているのか、と疑問に思ってしまう”(上野達弘、前田哲男「著作物の類似性判断 ビジュアルアート編P275)との批判もあります(他にも類似していない旨の学説あり)。
この判例とその判決に対する批判等を考えると、少なくとも写真を精密にトレースしない大雑把なトレースであれば、元の写真の表現上の本質的特徴は直接感得できないと考えてよいのではないかと思います。後述する「コーヒーを飲む男性事件」、「池田大作トレースビラ事件」でもそのように判示されています。
ありふれたカエル
けろけろけろっぴ事件(平成一二年(ワ)第四六三二号 損害賠償等請求事件)では原告であるイラストレーターが、けろけろけろっぴは自分が創作したカエルのキャラクターの盗作であるとサンリオを訴えました。
“擬人化されたカエルの顔の輪郭を横長の楕円形という形状にすること、その胴体を短くし、これに短い手足をつけることは、擬人化する際のものとして通常予想される範囲内のありふれた表現というべきであり、目玉が丸く顔の輪郭から飛び出していることについては、我が国においてカエルの最も特徴的な部分とされていることの一つに関するものであって、これまた普通に行われる範囲内の表現である。”とされ、その他の部分は相違するとして原告敗訴となりました。
誰がやっても大体同じ感じになる表現は、著作権法は保護しないということです。
写真で個性が発揮されるとこは…
“写真著作物における創作性は,最終的に当該写真として示されているものが何を有するかによって判断されるべきものであり,これを決めるのは,被写体とこれを撮影するに当たっての撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等における工夫の双方であり,その一方ではないことは,論ずるまでもないことだからである。” … みずみずしいスイカ事件(東京高判平成13年6月21日平成12年(ネ)第750号)
ざっくり言うと、被写体の決定と、カメラの設定操作系の両方が写真において創作性が発揮される部分だと判示しています。
モノクロの画像なので…
“本件イラストは,本件写真素材の総合的表現全体における表現上の本質的特徴(被写体と光線の関係,色彩の配合,被写体と背景のコントラスト等)を備えているとはいえず,本件イラストは,本件写真素材の表現上の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえない。” … コーヒーを飲む男性事件(東京地判平成29(ワ)14943)
“本件ビラ絵は,本件写真2における,Dの顔の表情,輪郭等の具体的な表現上の特徴はすべて捨象されているのであって,本件写真2の表現形式上の本質的特徴部分を感得する程度に類似しているとはいえない。” … 池田大作トレースビラ事件(東京地裁平成13(ワ)12339号、東京高裁平成15(ネ)1464号)
カラー写真をトレースして白黒線画イラストを作成した上記2件の裁判において、いずれも著作権侵害が否定されています。ちなみに池田大作トレースビラ事件では、写真をコピーした白黒写真については複製権侵害が認められました。
シャッターチャンスの選択について
“人物写真だと、「一瞬の表情を捉えている」点に創作性を基礎づける要素は大きく存在すると思うんですよね”(上野達弘、前田哲男「著作物の類似性判断 ビジュアルアート編P260)という考え方があります。
今回例にしたLET IT BEのジャケットのジョージ・ハリスンの写真は、この「一瞬の表情を捉えた」写真として素晴らしいと思います。ただ「笑顔で振向いている」ということに関してはアイディアなので、ここについては著作権法では保護されません。
そうすると、あの本当に楽しそうなジョージの表情が自分のトレース画で再現できているかというと、できていないなぁと思うわけです。
ちょっと余談なのですが、あのジョージの写真はLET IT BEの頃の写真だと思うのですが、本当に楽しそうですよね。映画LET IT BEだとジョージとポールが喧嘩していたりして、やっぱりこの時期は険悪だったんだと思っていたのですが、GET BACKの方を観るとそんなでもないのかなぁと思いました。なによりこの後、名作アビーロードが出来るわけで、やっぱりFAB FOURはすごいと思います。
エセ著作権事件簿
万人に読んでいただきたい名著だと思います。東京オリンピックエンブレム炎上騒ぎを始め、著作権的には何の問題もなかった数々のエセ著作権事件について分かり易く書かれています。最近Kindle版もリリースされたようです。
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