知財漫画・おと猫まいこーVol.24

大地讃頌事件(後編)

解説
誰が編曲権を持ってるか

アーティストの皆さんはプロダクションとマネジメント契約を結ぶと共に、著作権については音楽出版社と契約していることが通常です。アーティストは音楽出版社との契約で、自身の著作権の支分権(複製権や演奏権等)全部を音楽出版社に譲渡します。音楽出版社は譲渡を受けた楽曲の著作権をJASRACに信託譲渡(NexToneの場合は委託管理契約)します。JASRACから音楽出版社に著作権の使用料が分配されると、契約に基づいた金額を所属アーティストに再分配します。

著作権法には著作権の譲渡についてややこしい規定がありまして、契約書に「すべての著作権を譲渡する」と書かれていても、翻訳・編曲・変形及び翻案に関する権利(27条)と二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(翻訳等した二次的著作物の権利は翻訳者だけでなく、原著作者にもありますよという権利・28条)の二つは、別途契約書に書かないと(特掲と言います)、著作権者に残るという規定があります(著作権法第61条2項)。経済的弱者である著作者を守るための規定です。

MPA(日本音楽出版社協会)の著作権契約書統一フォームの第4条では「この契約に基づき、甲が乙に対して譲渡する著作権は、複製権(中略)、著作権法第27条及び第28条に規定する権利・・・」となっていて、27条と28条が特掲されています。
したがって、アーティストから音楽出版社への譲渡には編曲権(27条)が含まれます。

一方、JASRACの管理委託契約約款第5条の2項は「前項の規定により受託者に移転する音楽著作権には、著作権法第28条に規定する権利を含むものとする。」となっていて、28条は特掲されているものの編曲権の27条は記載されていません。
ですので、編曲権だけ譲渡元(音楽出版社に)残ることになります。

編曲権をとやかくいうことはなかった

音楽出版社の仕事は管理している楽曲をたくさん使ってもらって著作権料を稼ぐことが仕事なので、カバー曲大歓迎の立場にあります。なので大地讃頌事件の前は、音楽出版社は編曲権を持っていたとしても権利行使することはありませんでした。

編曲権を持っていたのは著作者自身

上述したようにアーティストは著作権をすべて音楽出版社に譲渡して、楽曲管理をしてもらうことが多いです。一方、著作者自身がJASRACのメンバーとして、JASRACに著作権を信託譲渡して自ら楽曲管理をする人もいます。
大地讃頌は作曲者自らが楽曲管理をしていましたので、編曲権は作曲者が持っていました。

同一性保持権

最近話題になることが多い権利な気がします。一部では「ムカつく権利」とも呼ばれています。
「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」(著作権法第20条1項)
要は著作者が気に食わなかったら著作物を変えたらダメという権利で、普通の著作権ではなく、著作者の人格を守るための著作者人格権のひとつで他人に譲渡することはできず、著作者に一審専属します。

編曲との関係はどうかというと、”原作の本質に触れない細部にわたる問題については、翻訳・編曲・翻案等の技術上当然のことであり、また、そうしなければ、著作権としての翻訳権・編曲権・翻案権等を認めるに由ないことになりますから、同一性保持権の内容とはしないということです。”(加戸守行「著作権法逐条講義(七訂新版)」183ページ)
つまり、著作権法策定者は編曲権と同一性保持権は別物として区別していました。

じゃあ、なぜJASRACは編曲権を管理しないのか?JASRACの人から聞いた話だと「JASRACは財産的価値のみを管理する。翻案権、人格権については、個人の価値観に関わる権利」とのことです。
JASRACは編曲権も個人の価値観に関わる権利だとして、同一性保持権と同一視している、少なくとも関連性の深い権利であると解釈しているようです。

大地讃頌事件以降、JASRACは録音権の許諾を出す際に編曲権者に許諾を取ったかを確認するようになりました。
また、レコード会社はストレートカバー(原曲の歌詞、メロディー、構成を変えない。アレンジはする)の場合であっても編曲権を持っている音楽出版社に確認を取るようになりました。

あっさり和解になった

レコード会社である東芝EMIは当初争う姿勢でした。すでにCD発売済で、これを引っ込めることになると損害が大きいからです。また東芝EMIとしては、JASRACから許諾は出ているし、今まで編曲権を気にすることがない業界慣習でしたから納得いかないというのもあったと思います。
でも当のPE’Zは作者に迷惑をかけてはいけないということで、シングルは発売中止、アルバムは大地讃頌を別の曲に差替えということで和解となりました。

個人的には裁判で争って判決を引き出してほしかったです。こういった編曲が同一性保持権でしばられるのであれば、ジャズなんか成り立たなくなりますし、むしろ著作権法が目的とする文化の発展に反することになります。


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